Are you Happy?



あなたをよろこばせるつもりなんて、これっぽっちもなかったんだから。


 退屈を持て余した寮生たちが談話室にいないのには夏休みの退寮日が近いからだ。めずらしくがらんとしたロビーに昼のワイドショーが流れている。
退寮の準備はすっかり整えた物の、観月は退寮出来ずにいた。まぁする必要もないのだけれど、と思う。強制退寮は八月の半ばだ。
 人間の足音が聞こえた。音が下方向に観月が視線を送ると音の発生源にいるのは、無駄に長い足を放り投げるように歩くテニス部の部長で(一応)観月の恋人である赤澤だった。
観月のほうへ歩いてくる赤澤の顔はいつにも増してにやけている。という事は観月を探してここまで来たのだろう。
これだから単純明快な馬鹿は、と軽くため息をついた。赤澤が話し掛ける前に「なんですか?」とたずねてやる。
「観月、今日俺の誕生日」
挨拶もなしにいきなりそう切り出した男にまるで今気がついた人間のように観月は驚いて見せて
「あ、そうでしたね。おめでとうございます。」
と軽くかわす。(そうは言う物の、三ヶ月前から予告されつづけていれば忘れるのも困難なのだが。)
しかしその芝居じみた行動でも赤澤のお気に召したらしく、彼は満足げに頷いた。
「…………。」
観月はしばらく何もせずに黙っていた。正確に言うならば、何をしたら良いのか解らなかったのだが。
満面の笑みをそのままに赤澤は観月を見つめている。
ああ、ほんとうに此処が公衆の面前でなくて良かった。
こんな間抜けな顔(観月にはまるで雑種の犬が尻尾を振って近づいてくるときの表情にみえた)をテニス部の部長がしているとばれたら自分の品格まで疑われるのではないかと思う。
ましてやそれが自分の恋人だなんて…―――。
観月がぐるぐると思考の迷路に迷い込もうとしていると、少し拗ねたように赤澤は「プレゼント。」と言う。
その言葉に観月は少しだけ目を大きくした。図々しい男だ。
「あるわけ、ないでしょう?」
「えええええっ!?」
「あると思ってたんですか?」
おおげさに驚いてみせる赤澤に観月が声をかけると、またしても大袈裟に肩を落として答える。
「うん。当然の如く。もしくは観月がプレゼント。」
小さな子供をあやすように観月が赤澤の頭を撫でる。背伸びしなくてはならないのに腹が立ってすぐに止めたが。
赤澤の答えの内容には、赤澤らしいなと思うだけで敢えて反応は示さなかった。馬鹿なんだから、と諦めている。
「はいはい、じゃあプレゼント欲しかったら精進してくださいね。」
「え?テクニックを?」
プレゼントに何を連想したのか、そう目を輝かせた赤澤の頭に観月は全身全霊を込めて拳を降らせた。
「死んでしまえっ」
「痛い!痛いです観月くんッ」
悲鳴をあげる赤澤に満足したのか「ふんっ」と観月は鼻を鳴らすと大きいだけであまり座り心地のよくないソファに身を沈めた。赤澤の顔が背凭れで見えなくなる。
会話が無くなった。すると途端にTVのヴォリュームが大きいことに気がつく。赤澤との会話に集中していたのだとわかって少し口惜しい。
観月の後ろを赤澤が歩く。それが足音と床を通じる振動で解る。
観月が黙ったことによって居辛くなったのか足音が遠ざかる。帰るんですか?と観月は訊いた。ああ、うんと赤澤の声は何かを濁したように歯切れが悪い。
プレゼントを渡さなかったのがよほどショックだったのかと観月が考え込んでいると赤澤が急に観月の顔を覗き込むように現れた。
「さんきゅな、タオル。」
少し照れるように頬を掻いたが浮かべている表情は確信的な笑みだ。
そのまま逃げるようにいなくなった男に
「……わかってるんじゃないですか。」
と観月は一人ため息をついた。


あなたをよろこばせようなんて、これっぽっちもおもっちゃいないわ。


FIN