【優しい香り。】









優しく、誰かが頭を撫でた。
夢の中の出来事か、遠い記憶の再生か、それとも……?
そんな筈はないと理解しながら、それでも観月は瞳を開けられないでいた。
瞼が重い。
身体も鉛のようだ。







また






誰かが。







誰だろう。








観月の思考回路は、泥のついた眼鏡をつけたまま歩いているようで、真実にはたどり着けない。
たどり着けなくて当たり前だ。







ほら、また








ふわり、と甘い香りが鼻を掠め、記憶の片鱗を鈍らせる。
懐かしい、香り。
何の匂いだったのか、観月が思い出そうとしても、足元に纏わりつく眠気の所為で上手くいかない。
粘りつくような感覚が寝返りを打つと襲ってくる。
ダメだ。
此処で、これに負けてしまってはイケナイ。






また







あの香りに負けてしまう。








目を開けて、ベットから起きて学校へ行かなければ。
そう思っても甘い匂いは、観月を布団に縛り付けてしまう。
優しい掌が、何度も観月の頭を行き来する。






あぁ





また





「………ん」
「おはよ、観月。」

赤澤の声が、全てを現実の物にした。
先刻までの甘い香りと優しい感触は、一気に冬の朝の空気に負けてしまう。

「あと5分で起きなきゃ遅刻だからな」

低い、低い声は此処1年聞き飽きてきた赤澤の声で
夢の中の甘い記憶とは、似ても似つかない。

「ん〜…だったら五分後に起こしなさい」

それが不満で、観月はわざと赤澤が答えに詰まるようなことを言う。
甘い甘い世界は、赤澤の声の所為でなくなったのだ。勝手な言い分。
ごろん、と重たい身体を半回転させて赤澤の声から背を向けた。
瞼を閉じて、鼻から息を吸う。かぎなれた布団のほかに、懐かしい匂い。
ああ、また誰かが呼んでいる。








あの甘い香りは







誰のものなのでしょう。










すぅすぅと規則的な寝息を立てて観月は眠っている。
始業のベルがなるまで、あと20分。赤澤はもう朝食を済ませて制服を着た。観月はまだ夢の中だ。
起こしたとしても、寝かせていたとしても、観月の怒りを買う事は明らかで。
深くため息をついたが、それも観月には聞こえない。
しかたない、寝ぼけた観月を拝める特権があるのだからとムリヤリに赤澤は自分を納得させた。
「………」
んの我侭。
小さく口に出しても伝わらないので、情けなくなる。しゃがみこんで、観月の寝顔を確認する。
ああ、睫毛が長い。
「みぃづき」
名前を呼ぶ。返事がない、ただの屍のようだ。ドラクエじゃあるまいし、赤澤はもう一度ため息をついた。
柔らかい、観月の髪にそっと手を伸ばす。最近お気に入りの海の香りがする香水が香った。
「……ったく。」



FIN
実は、赤澤のだったんですね(笑)
香水、朝つけても学校行くころには消えてしまっているんです。でも赤澤は気付いてません。馬鹿だから。