それは酷く、純情な痛み。
【壊れた音】
シは幸せよ。
さぁ歌いましょう。
鈍い血の味が観月の口の中に広がる。
軽く息を吹き込むと金属音が空へ飛んでいった。
「ハーモニカ?」
赤澤が尋ねる。
錆付いた鉄の楽器は何故だが懐かしく、観月は赤澤の質問には答えないで、音を吹きつづけた。
曲にもならない不規則な和音。
「ちょっと貸してみ。」
ほら、と赤澤が手を差し出すと、座っている観月は、自然に彼を見上げることになる。
憮然と睨んで
「イヤ。」
と呟くとハーモニカを守るように赤澤に背を向けた。
「いーじゃん。」
オレ巧いよハーモニカ。という赤澤の声に、そう言えば音楽の成績は良かったのを思い出す。
観月は、音楽方面は全く通じていない。
「……ちゃんと拭いて下さいね。」
「うわ、ムカツク。」
言葉とは裏腹に、赤澤は得意げな笑みを浮かべ、観月からハーモニカを受け取った。
吹き込み口に唇を触れさせる。
「間接ちゅぅ」
「……もう、返してくれなくていいです」
「ははは。」
赤澤が音を奏でる。
なんの曲だったのか観月には思い出せなかったが、それでも聞き覚えのある旋律。
何でしたっけ?と訊ねると俺も忘れたと返ってくる。
時々、音の調子が外れるのが可笑しくて観月が笑う。
「笑うなよ。」
「変なんですもん。」
ラの音が出ないんだよ、と赤澤は不貞腐れてハーモニカを観月に返した。
ラ、って何でしたっけ?
「ラ〜ララララララ〜♪だろ?」
「ソはあおいそらなのに?」
「ラは思いつかなかったんだよ、きっと。」
原曲はなんて言ってるんでしたっけ?と聞きだす観月に、赤澤は原曲って英語?と聞き返す。
結局、二人とも答えはわからずに観月がハーモニカを吹いた。
鉄の味は、血のようだと思いながら、なんとなく吹きつづける。
「シは、幸せだよな。」
赤澤が、そう言った。
幸せなんて、いつ訪れるんだろう。
FIN