テストまで、秒読み。



[君が好きだと叫びたい]


うーとか
あーとか
先刻から三上の発する言葉に、渋沢は特別な意味を見出せないでいた。
しかし、発している三上本人にも意味など解っていないのだから、仕方ないといえば仕方ない。
「勉強しろ」
ため息混じりに渋沢がそう言っても
「ぅん…あとで。」
と返ってくるだけ。
その会話を何度繰り返したのだろうか、三上には勉強する気がないらしい。
加えていうのであれば、三上が訳のわからない言葉を生み出している場所は渋沢のベットであった。
持ち主よりも、持ち主らしい顔で三上は寝返りを打つ。ふわ…と微かな埃と共に自分ではない匂いがする、と三上が眉を潜めた。
「あ〜……なァ…んか。」
「なんか?」
三上の言葉尻を捕まえて、渋沢は尋ねた。視線は教科書のままだったが。
「つまんね…」
その返答に渋沢も、ああ…と頷く。
「部活ないしな」
と続けた。教科書の文字は前置詞についての説明がつらつらと続いている。
「おまけに非常口封鎖されたし」
不満げな三上の声に、大浴場の窓が開かないように固定されてしまったことを思い出す。その所為で、三上が桐原監督にこってり説教を受けていたのは先週だ。
「それは見つかったお前が悪い」
まるで子供を嗜めるように渋沢は言うが、三上は納得がいかないらしい。
「ぜってぇ辰巳がちくった。」
イマドキ珍しい程に真面目な少年の名前を出して、ベットの中を転がった。埃が飛ぶから、と思うが埃アレルギーがあったのは根岸だったか、と渋沢は考える。
「あはは」
気のない笑い声を出して、まったく頭に入らない教科書を一枚めくる。次は現在完了についてだ。
「あ〜…暇。明日数学と英語だし。」
彼の得意分野の名前を出して、三上は愚痴る。その言葉を渋沢は皮肉にしか聞こえないのだが。
「おかげで俺は必死だよ」
守護神の唯一と言っていい弱点に三上はにやついた。
三上にしてみれば、なぜ国語で100点を取れる人間が英語だと70点台に(それでも平均よりは遥かにいいのだが)なってしまうのかが不思議だった。
「おう、がんばれ〜」
がんばって平均点を下げてくれ、と願う。そのまま横になると渋沢には背中を向けることになった。
諦めたのか、渋沢は教科書を閉じると三上の方を…自分のベットの方を向いた。
三上の黒い髪が、白いシーツに広がっている。扇情的だなどと渋沢は少し思った。
「……三上」
項が綺麗だ。まぁ渋沢は三上以外の人間の項など、真面目に見たことがないので、比べるものはないのだが。
「ん〜?」
気のない返事に、渋沢は自分が何を言おうとしていたのかを考える。しかし何も思い浮かばなかったので
「ゃ、なんでもない」
と言った。
身体を机に戻すと、古い回転椅子がキィ…と音を出す。英語をやらなくてはならない、範囲がやけに広いのだ。
「……」
無言で、教科書をめくる。メアリーがオーストラリアに行ったらしい。オーストラリアのスペルは…と渋沢は答えのページをめくった。
「………」
喋る必要はないのだが、それでもまた寝返りをうったらしい三上からの視線を感じる。
じりじりと感じる視線に、渋沢は小さくため息をつき
「愛してるよ」
と教科書越しに伝えた。ケラケラと三上が笑うのが聞こえる。自分の反応を解っていたんだろうな、と渋沢は少し口惜しい。
「お前、言葉に詰まるとソレ言うだろ」
「ああ、バレてたか」
それでも、嘘じゃないんだがなと言うと三上は、また声を上げて笑う。
「煽てても、テストのヤマくらいしかやんねぇぞ。」
「それで充分だ。」
もう、お手上げと渋沢は教科書を三上が居るベットに投げ、自身も椅子から立ち上がった。
「そこ、いい?」
三上の居る場所を指差して、渋沢が訊く。
「お前のベットじゃん」
そう答えられると、渋沢は三上がするような意地悪な笑みを浮かべる。
「そうだった。」
大げさにベットに飛び込んで三上に仕掛けるキスは、教科書とにらみ合うよりもずっと魅力的。
「勉強は?優等生さん。」
「三上と違って授業も真面目に受けてるから、大丈夫だよ。後でやるから。」
もう一度、キスをすると三上は黙って渋沢に手を伸ばした。





FIN