キッチン。

俺はキッチンがすきだ。
俺はキッチンで死にたい。

……盗作だなこれは。
寝る前に読んだ女流小説家の文章がどうも頭から離れないらしい。
内容はそこまで好きではなかったけれど。(俺はやっぱり古い小説のほうが好きだ。芥川とか。)
そんな事を考えながらキッチンに立つ。
文化包丁を握ってまな板の上の玉葱を切断する、トントンと小切れのいい音が響く。時計の針の音と重なり合うようで一致しない音色。
何時の間にか直ぐ後ろに立っていた男は夢でも見るような小さな声で言った。
「この包丁で。」
俺の指をそっと押さえる。それだけで俺の指は動かない、魔女みたいだと笑う。包丁は玉葱を3分の1ほど残して刺さっていた。
トン。
三上は力を加えて玉葱を切った。玉葱は一瞬包丁にへばりついて、バラリとまな板に散った。
「俺を殺す事だってお前には出来る。」
真後ろにいる三上の表情が俺からは見えない。
三上の声はちょうど俺の肩口に押し当てるように響いて聞き取りにくい。スピーカーに吹き込まれた声みたいだ。
目を閉じて三上の声を反芻する。
三上を殺す事だって……?
脳は空想する、握っている包丁で三上の胸を刺す。
感触は鶏肉あたりでいいだろうか、血液はどれくらいの色なんだろう、全然リアルの想像ができずに笑った。
「俺は。」
目を開いて首を回す、三上の顔を覗いた。
「三上のために人殺しになんかなれないよ。」
そしてこんな神聖な場所で、何かを生み出す場所で、人を殺すなんて出来る訳ないじゃないか。
三上の指はまたゆっくりと離れていった。パラパラと一本ずつ、雨が窓を叩くような無音。
夢から覚めてしまったみたいに俺の指はまた玉葱を刻みだした。
「そんな優しい人間じゃないよ俺は。」
キッチンに張り巡らされているタイルの隙間を見つめながら俺は言った。
三上はどんな表情をしているんだろうか、夢から覚めた子供か、魔法が使えなくなった魔女のような顔に違いない。
トン、と玉葱を切り終わる。
「わかってる。」
少しだけぞくりとした。



FIN
わかりづらいけど、サド渋沢。ちなみに「私はキッチンが好きだ(略」は吉本ばななの「キッチン」です。
読んだ事ないけど。