雑踏
君が伸ばした手を、掴む事が出来なかった。
不規則な足音がコンクリートを中心に蟠っていて、やけに無機質だ。
街は秩序に定められた混沌がほどよく溶け出している。それが余計に秩序を乱していることに気付かずに。
人の背中と表が同じ数だけ渋沢の視界に入った。しかしその中に三上の姿は無い。
君が伸ばした手を、振り払ったのは
(俺だよ)
舌打ちは隣を歩いていた女子高生に睨まれただけで、闊歩する群衆から渋沢は一人だけ取り残される。
立ち止まった途端に幾人もの肩にぶつかった。
こんなにも幾重にも人波は限りないのに、ただ一人の姿が見当たらなくて渋沢はあたりを見回した。
目に映える黒髪や凛とした背中はもう三月も視界に入れていないんだと渋沢は改めて思う。
三ヶ月。
それだけの時間を独りで過ごせる事が出来ると思わなかった。
もっともっと早く狂ってしまえると思ったのに。
渋沢は自分が予想以上に正常な人間として機能しているので、余計になきたくなった。
(三上。)
濁ったコンクリートに膝を着くそこから上の体重と空の圧力が伸し掛かってきた。
周りを行き交う人々は渋沢の姿を一瞥しただけで通り過ぎてしまう。まるで自分だけを残して世界が変わってしまったかのようなそんな錯覚さえ訪れる。
まだ君の伸ばした手を探してるんだ。
(君はもう)
渋沢の世界にもう三上はいない。いなくなってしまったと思う。
優しくてすぐに傷ついてしまうそうな笑顔もボールを逞しく飛ばしていた右足も渋沢の指を絡めとる指も何よりも神聖な物に感じていた唇も。
本当は、三上亮などという少年なんていなかったのでないかと思わされて。足音やざわめきがじわじわと渋沢の中を侵食していく。
スーツを着た男が渋沢に躓き怒鳴った。
人の声は悲しみを増幅させるだけ、靴音は孤独を明確にする。
君が伸ばした手は、もう消えてしまったのに。
(今更。)
(今になって君の手を探してるんだ。)
FIN
前後関係がさっぱりわからないSSです(ため息
あ、なんか暗いね。雑踏はなんだか寂しいイメージなのかも。
渋三でこんな暗いものを書いたのは初めてかもしれない……。
渋沢は馬鹿だと思うんですよ、本当は三上を抱きしめる包容力は無いと思う。でも大好きだ。