フェンス*高校卒業時の話。


もっと君と近くにいたい。
でもボクはと君はこんなにも違うから
どうしうようもなく、さみしくなるんだ。


どうしようもない、才能の差だ。
努力をしてどうこうなる問題じゃなかったんだ最初から。
溜め息は漏れない。涙はまだ大丈夫だった。
がしゃん。
金網に指を絡ませる、焦燥感が襲ってくるが三上にはどうしようもなかった。
焦って練習をしてどうこうなるレベルの戦いではない。焦っているのは彼らも同じだ、戦っているのは、同じ。
(だったら、才能があるやつが残るのは)
当然なんだ。
指に針金が食い込む、赤くなって白くなってまた赤くなる。傷みがもう何の傷みだかわからない。卒業したらあえなくなるな、と思う。彼の進路は就職なのか進学なのかどちらとも言い難いものだったし。
(Jリーグと大学って。)
両方行くんだ、と彼は三上に言った。三上は自分がどんなリアクションを起こしたのか、あまり覚えていなかった。多分適当に頷いたのだろう。
「どうしたらいいんだと思う?」
三上は声に出して訊ねた。訪ねた先の男、中西は答えないでフェンスの下に腰を下ろした。制服が汚れてしまうと、三上は思った。ああ、でももう卒業だからいいか、とも。
「才能だけじゃ、どーにもならない事ってあるわよね。」
いつもの教室で見せるおどけた表情のまま中西は言った。下がった眉尻に三上は舌打ちをする。
「才能あるやつが、死に物狂いで頑張ったら」
三上の目の前に斜線の掛かったサッカーコートが広がっている、自由に駆け回ったフィールドが。そこが自分の世界だと思っていた、ここでなら必要とされると誤った見解。
「才能ない奴は、どうすりゃいいんだろうな。」
切り捨てられる。実力社会は才能の敏感だ。首を持ち上げて空を仰ぐと灰色の雲で青が見えない。踏んだりけったりだな、とおもう。卒業式だというのに。コートから目線を外すために、向き直り背中をフェンスに押し付けた。
「ちがうでしょ。」
ぽつん。
中西が言った。ナイフのような言葉だった、綺麗に三上の思考を遮断する。靄を排除する低い声。どうしようもない感情を。
「さみしいんだろ、三上は。」
顔が見えない分、三上に彼の声は優しく響いた。優しさだけで届いたから甘えてしまいそうになるくらいに、けれど今自分を包み込めるのは背中を預けたフェンスくらいなのも三上は知っている。
そんなに、優しくない、誰も。
「…………そうみたい。」
さみしいのだ、自分は。声に出して確認する、本当は確認しなくてもわかりきっていることだこの感傷の原因は。卒業がどうのこうのとかではなくて。
(「Jリーグ、決まったんだ」)
(楽しそうに、言うから。)
自分から離れていってしまう男がいるから、寂しくて仕方が無い。自分にもっと才能があれば、或いはもっともっともっと努力をして彼に追いついたら。
(八つ当たりだ、ただの。)
中西もまた、自分とそう変わらない所にいた。サッカーが好きでたまらないのに、何かが足りない。趣味でしか蹴れない、それで構わないというには今までの生活でサッカーが大きすぎた。
それと
(渋沢が。)
中西にとっての渋沢と、三上にとっての渋沢があまりにも違いすぎた。そして渋沢があまりにも自身の才能に甘んじすぎなかった。三上はサッカーが好きで渋沢が好きだった。渋沢モサッカーが好きで、おそらく三上のことも好きなはずだった。ただ渋沢には才能があって三上にはなかった。
「オンナノコじゃねーンだから。」
がしゃん。
フェンスを蹴る。結局自分が言いたいのは「才能さえあればもっと渋沢といれたのに」とそういうことだ。女々しくて仕方が無い、だから本人に教えるつもりは無い。運良く渋沢本人はそんな繊細な感情に気付ける人間ではない。
「三上」
「何よ。」
中西の口調を真似て三上が答える。不思議な感じだ、と三上は思った。
あえないわけじゃないよ、と渋沢が言ったが三上はもう会う気はなかった。きっと連絡だってしないのだ。TVで彼のことは見るかもしれない、でも会うことはない。会いたくない。会ったら愛しくてそして疎ましく思ってしまうから。渋沢は向こう側で三上はこっち側だ。
「スキよ。」
「俺も。」
突然の告白に同意を示すとケラケラと中西が笑う。
「俺、担任に挨拶に言ってくる。」
「いってら。」
立ち上がりズボンを掃いながら言う中西に三上は手を振る。三上の瞳を覗き込んでから
「超えられないもんって、あるんだよなきっと。」
と呟いて彼は歩き出した。フェンスが体温で徐々に熱を持ってくるのを背中越しで感じながら三上は泣いた。

もっと君に追いつきたい。
でもボクはこんなにも弱いから
どうしようもなく縋りつきたくなるんだ。




FIN
超えられない壁。
三上は、プロになって転落していくか、高校生のうちにサッカーで食べていくのは無理だって解ってしまうかどちらかだと思うんです。
この話は後者。
渋沢は大きな才能+努力の人。(藤代はもう別格。サッカーしか出来ないんだろうけど。)
三上は小さな才能+努力の人だから、あと一歩追いつけないんだと思う。
選抜漏れるしね。
中西は、もともと「食べていくほど俺はサッカーの才能はない」ってわかってると思う。自惚れないから中西。