狂 っ て い る ん だ と 誰 か 罵 っ て よ 。 【気狂い手帳。】 ずっと、隠しておこうと思った。 だけど、いつか気付いてくれたらいいと思った。 そうしたら きっと、それは僕らの終わりの日だ。 俺は狂っているのかもしれない。 渋沢が、突然言った。 「俺のこと、嫌い?」 女みたいなことを言うなと俺は思ったが、黙っていた。 ただ時間の経過する音を数える。渋沢の次の言葉を待ったけど、それは無さそうだったので 「なんで?」 と答えた。 それは渋沢の問いに対する明確な答えではなかったが、俺の純粋な疑問で。 彼から見て自分は、そう言う風に映っていたんだろうか。(そう言う風ってどんな風だよ、と毒づいても構わない。) でもそれはひどい安心感と軽い嫌悪感。 煮え切らない様子の渋沢は、読んでいた文庫本に栞をはさみながら 「あぁ…いや……別に、なんでもない。」 そう言って、ごめんと小さく謝った。ごめんって、どういう意味だろう。 俺は、何も言わずに渋沢から目線をそらす。思い通りにことは運んでいたんだ。少しやりすぎたかもしれないけれど。 ( ず っ と 、 隠 し て お こ う と 思 っ た 。 ) 以来、二人は言葉を交わさずにいた。幾時経ったのか俺は時計を眺めた、長針はたった1メモリしか動いていない。二人でいると時間が経つのが遅い。 いつまでたっても、二人でいる時間は終わらない。それは酷い恐怖で俺を包み込む、いっそ苦しいほどに。 そのほんの僅かな時間がまるで永遠のように感じられて舌打ちをする。湿った音が、響く。 すると渋沢が顔をあげた。 「どうした?」 「なんでもない。」 「そっか……。」 渋沢を見ないで時計だけを見ていた。声が少しだけ遠ざかるから、渋沢が俯いたんだとわかる。 「でも、本当に大丈夫か?」 「何が。」 いらつきながら言った。優等生みたいな、本当に優しい声に腹が立つ。偽善とか、そんなんじゃなくて渋沢が本当に俺を心配しているから、余計に腹が立つ。 偽善者だったらいいのに。罵って嫌いになれるのに。 お前は本当に優しいだけなんだよ。俺と違ってさ。 「……最近、暗いからさ。具合悪いのかな〜とか…あ、気のせいだったらいいんだ別に。」 まだ渋沢を見なかった。見なくても解る。 眉尻を下げて、大きな掌を首の後ろに当てて笑ってるんだ。やさしい顔で、笑ってるんだ。 時計の針は重くなってしまって動かない、そんな筈はないけれどそう思う。 ( ず っ と 、 隠 し て お こ う と 思 っ た 。 ) 時計も動いてくれないから、渋沢の方へ顔を向けると案の定、困った笑顔で俺を見ていた。聖母マリアの像はこんなふうに笑っているのだろう。 俺も笑った。口の端が醜く上がって、中途半端な吐息が漏れる。 「お前が。」 「え。」 傷つけるのは簡単だ。ぐちゃがぐちゃにしちまえばいいんだろ。 そう思うのに出来ないのは弱さなのかエゴなのか。 「お前がいるからっ」 思わずそこまで口に出して俺は黙った。怒鳴りつけるような声は試合中と間違えるような音量だ。まずい。 「…なんでもねぇ」 俺は…何を、言おうとしていた? 「なんでもなく、ないだろ?」 ああ、俺を心配してるんだろうなってすぐにわかる渋沢の声。信頼の厚いキャプテンの慈悲に満ちた公平な博愛的ななんともすばらしい愛情ではないか! (何が不満だって言うんだ。) そうだ、それに不満をもってしまったのが全ての原因だよ。 俺は舌打ちをもう一度した。 「なんでもねぇよっ」 叫んで立ち上がる荷物を持たないで部屋を出た。扉が仰々しい音を立てていたがそんな事に構ったら壊れてしまう。逃げるしかないんだと、思った。 (不満?そんなものなんてない。) それでも、苦しいんだ。 本当はお前に俺だけ見て欲しい何て言ったらどんな顔をする?考えれば吐き気。素敵な思考。 「みかみっ」 渋沢が大きな声を出したのが少しだけわかった。聞こえないところに逃げたくて走り回る。狭い廊下じゃ肩が当たった。 どん。 痛い。痛い痛い。 ( ず っ と 隠 し て 置 け る と 思 っ た ) ( だ け ど 。 ) ( 俺 は ) ( ず っ と 。 ず っ と … ? ) なんて事はない。 こんな風に辛うじて彼が追いかけてくれるだけの欠片だけ残して走り出したのは。 隠したものに、気付いて欲しいからじゃないのか? 非常灯の緑のランプで浮かび上がっているロビーで座り込む。 気持ちに名前を付けたくなくて目を閉じた。名前をつけたら負けだと思う。自分が吐き出した二酸化炭素を吸い込んで深呼吸。 優しい渋沢に優しくされて、それでは足りないと思ってしまった。不満なんだ俺は。 (だきしめられたいとか。) (もしくはそれ以上) (それ以上なんだっていうんだ。) (……きもちわりぃ。) 馬鹿らしいし嘘臭いしどっかで曲がり角を間違えたに違いないし、そもそもこんなことがばれたら嫌われてしまう。 あ、俺は嫌われるような感情を彼に抱いてしまっていたんだ。 「っくしょう…。」 拳を出来る限りの力でコンクリートの壁にぶつけた。鈍い音がしたけれどもそれは心に比べれば安っぽい痛みで。 なんて詩人やってる場合でもないけれど。 「馬鹿みてぇ。」 いや、もうむしろ。 「気違いだ。」 そう、その表現の方がしっくりくるだろう。でも放送コードに引っ掛かるから教師の前で言うと怒鳴られてしまうな。 目を閉じて暗闇の中でひたすらに呪文みたいにその言葉を唱える。 できれば言葉が身体を埋め尽くして他の感情なんて消してしまえばいい。暗い暗い闇に飲み込まれればいい。 「みかみ。」 なのになんでおまえは優しいんだろう。 聞こえた声に叫んで逃げ出してしまいたかったのに身体は動いてくれやしない。でも渋沢の顔は見れなかった。 でも肩で息をする音がして、渋沢が走ってきたのは解った。 「………。」 膝を抱えて彼を完全に拒絶する。 「……ごめん。俺、お前が俺のことなんて思ってるのか知らなかったから」 笑いそうになった。だって笑わずにいれるか? (今だって) 今だって今だってお前はしらない。 「ああ、知らないだろうな。」 俺の中のこの恐ろしい感情の名前を。 ( ず っ と 、 隠 し て お こ う と 思 っ た 。 ) 気付きたくない感情の名前は気付きたくないって思うくらいに激しい劣情で。 それはようするに、誰でも彼でも傷つけなければいられない。 ダサせぇな俺。 「だったら…もう、俺に、構うなよ、マジで、ちょー、うざい、し」 声が震えていた、恐怖なのか怒りなのか。 片手をブラブラ振って「さようなら」の合図。そういえば今は消灯後だ、下手をしたら寮長とかが出てきてしまう時間帯。 早く出てきて、二人だけの時間なんて終わりにしてくれ。 心臓が、限界。 「みかみ。」 名前なんて呼ばないで。傍にいないで優しくしないで触らないでお前なんていなけりゃいいのにお前だけがいればいいのに世界は他にナニも咎めなければいいのに 「そー、だよ…お前が、嫌いなの。そ、れで、いいだ、ろっっ」 「……そっか。」 頬を伝うものが、涙なんて思いたくなかった。 ( ず っ と 、 隠 し て お け る と 思 っ た 。 ) ( お 前 が 、 す き な こ と 。 ) ( す き な こ と 。 ) FIN 暗い話でスイマセン。ずっと書きたかった渋三でもあります。 暗い三上に、ウザイ渋沢です。いや、むしろ両方ともウザイ(笑) っていうかノラ・ジョーンズを聞きながら書きました。まったく効果なし。もっとノラっぽいのを書こうヨ俺。 すごくもっとちゃんと書きたい。この話、もっと深いんですよ!!ああ!文才が欲しい!!