此処もあそこもいうなれば極楽



【生きとし生ける物へ】








あれは。
何の光だったのだろう。







「私はゆっくりと頭を持ち上げました。
狙撃体勢でいなければならない事を…ここが戦場だということを忘れてしまいそうなほど、美しかったんです。」







あれは。
どういう光だったのだろう。




指をこする。パチンと音がする。
ただそれだけで、人が死んでゆく。ロイ・マスタングは、その鉛筆で塗りつぶしたのと同じ鉛色の瞳で多くの死体を見た。焼け焦げた炭を、見た。
銃よりも何よりも簡単にそして生々しく人の命を奪う。その行為はあまりにもあっけない。
指先から酸素と炭素が結合して生まれる焔が、歪んだ弧を描きながら確実に地面へと伸びていた。
まだ実験段階の錬金術は、敵に手中を悟らせないためにも控えめだ。敵とは何もイシュヴァ―ルではない、味方の中にいるものだ。
空が高いな、とロイは思う。見上げた空には蒼と雲しかない。木も建物も、空を飛ぶ鳥も、みんな死んだ。殺したのは、紛れもなくロイたち、軍であったが。
焔がたんぱく質を犯す音とうめき声が、地を這う。何を言っているのか解らない。
しかしその声を煩わしいと感じることはロイにとって常だった。耳障りで、不愉快。戦場での断絶魔の存在などそんなものだ。
赤と橙が双頭を絡ませて人を、イシュヴァ―ルの町を飲み込む。
焔の熱さに少し目を細める。じわり、と身体から分泌液が滲み出るがロイがその場から離れるわけには行かなかった。
イシュヴァールの町が見渡せる高台でロイは小さくため息をついた。逃げ出す人々を嘲笑うように眺めた。逃げても無駄だということを彼らは知らない。
必死に駆け回る少年を銃を持った青年が撃つ。砂漠に、赤い鮮血のコントラスト。脳の色は橙だ。砂が水分で黒く染まる。
ロイにはその映像がまるで子供達の戯れのようにみえた。幼い子供が、蟻を潰してしまうような。
そして哀れだ、と思う。滑稽だ、とも。
焼け死ぬイシュヴァ―ル民になのか、そんな彼らを撃つ少年兵になのか、彼らを燃すロイ自身になのか。それとも、この戦争と言う茶番そのものに、か。
ロイが護身もかねている短銃に手を伸ばして、まだ余り使い慣れないそれの安全装置を外した。本来は戦闘開始前には外していなければならないのだが、それを今し方思い出したのだ。
右の手に嵌めている発火符は、護身にも虐殺にも役に立ったが油断にも一役を買っていてロイは苦笑を漏らす。コレで死んでは笑いものだ。
答えは出ないまま、撤退の命が無線機から下る。早いな、と思った。まだ集落の半分は無事だ。しかし、それに反論するにはロイはまだ身分も権力も持ち得ない。
ロイもまた軍というピラミッドの小さなコマのひとつに過ぎない、今のところは。そう、今だけだと自分に言い聞かせる。
「撤退だ。」
小さな自分の隊に、上からの命令をまた命令する。繰り返しだ。
燻る気配もない焔を眺め、ロイは岐路を急いだ。
誰も消さずとも燃えるものがなくなれば消えてゆくだろう焔に、ロイは格別感情も抱かなければ、その焔の中で消えてゆく人々の顔を想像する事も、もうしなくなっていた。





あれは。
何という光だろうか。






砂漠の瓦礫の中に隠れるように、しかし異質な存在として同じ型のテントがいくつも並んでいる。テントの屋根に書いてある数字と文字の羅列でそのテントの使用目的がわかるようになっていた。
テント自体の形を変えてしまえば、わざわざ数字を確認する手間が省けるのにな、とロイは思う。自分が上に立ったなら、改善案を出そうと決めた。
そのテントの中で、何の話をしていたのか、不精髭の友人は
「それでも、お前さんは行くんだろ?」
こう言った。
それまでの内容が思い出せずに、ロイは暫く考えた。俯いてあごに手を添えるロイの姿は彼から見れば、質問の答えを探しているように見えたのかもしれない。
口の中が砂の味だ、と感じた。此処は乾燥しすぎている。どこと比べてそう思うのかは今のロイには解らなかった。
とにかく、乾燥しているのだ。かさかさに渇いた人間が後万といるからすぐに予想がつく。
ああ、それで何の話をしていたんだっけ?
「……行くさ。」
そう言ってロイは、友人に意地悪く笑った。少なくとも自分は戻ったりはしない、それがいつ何時でも。
よれよれで、辛うじて棒状の形を保っている煙草を軍服のポケットから取り出して、指をはじいて火をつけた。火はぱちぱちと小気味いい音で茶色い葉を燃やしてゆく。
マッチを使う必要がなくて、便利だったが錬金術を安易に使うことを嫌う友人はおまえさぁ…とため息を付いていた。
褐色の枯葉が燃える姿も、やはり滑稽で。
ロイが、親の仇を目で殺すように煙草を見つめているので、彼の友人は罅の入った眼鏡を外した。ロイの瞳を覗き込んで言う。
「気違い沙汰だな。」
声は、茶化すようにも聞こえたが、真実だなとロイは思った。
気が狂ってる、どいつもこいつも。
しかし来るっているの定義がここじゃもうわからない。
彼の咥えた煙草にも、同じように火をつけると、ロイは笑った。埃の匂いを紫煙が少しだけやわらげてくれる。
肺一杯に有毒物質を送り込んでやる。体の奥が痺れて、麻痺してきた。唇はまだちゃんと弧を描けるようだった。
「お互いさま、だろう?」
入り口から覗く空は、恐ろしく青かった。まるで、極楽のよう。




















雨が降って、火が消えて、煙が出て、蜃気楼も出てきて。
熱い戦場に降る雨に、誰かが生き返るみたいだとか。
そうか、でも生き返ってもらったら困るな。
だってここは







「……天国は、ここか。」















「そこに雨が降ってきました。焔が煙となって消えてゆく中に、彼がいました。
何もせずに…戦場のど真ん中を何もせず座っていたんです。……まるで、慈悲の女神のように。」









あれは。
生きとし生けるものに奉げた光と影。







FIN
ロイ。ちょっとヒュロイくさいね、また。でも根底に流れている物はロイアイなんですよ!!
もちろん、最初と最後の語りはリザさんの語りです。ちょっと雑誌のインタビュー風味。
ロイさんは女神!!(自分で書いてて爆笑)