[君が思い出になる前に]


やさしい ふり だって いいから



どれが やさしさ なんか わからない もの



柔らかい髪をジャンはゆっくり撫ぜた。
相手は動かない。
軍人が、仮にも軍人が部下の前とは言え無防備に寝ていていいのだろうか。
(ああ、でも)
会議室でも眠るような人だった、と気付く。
(疲れてるし。)
最近、確実に眠っていない。仕事もサボっていない。狂気じみてさえいる。
(じみて……?)
たぶん、狂気だ。
くるっている。
理由はわかっている。たくさんあってひとつだけの理由。
黒く艶やかな髪が埃にまみれていて。
ジャンはまたそれを撫ぜる。埃が飛んで照明で輝いた。
眠っている男の瞼に唇を寄せることをハボックはしなかった。そんな、感情ではないはずだった。
(ただ、少し)
かわいそうだと、本当に。
拠り所がまた一つ減ってしまったのだ、男を支える柱は確実に脆くなっていっている。だから残った自分たちがもっと彼を支えなければならない。
でも
(これから)
これからも、こんな狂気が彼を苦しめるのだろうか。
狂気をまとってそれでも前に進む彼に、何が出来るだろうかと考えた。支える以外に、ぼんやり浮かぶのは
たとえば自分が死んだとしたら。
(こんな風に)
(死に物狂いで)
軍だとか常識だとかを飛び越えて
「なんだかなぁ。」
馬鹿馬鹿しい。
青白くなった瞼に唇を寄せた。自分の唇が震えていたのか、疲労によって痙攣した瞼に触れたのか、わからなかった。
愛しい。とかそんな俗物感情でなくて。
もっともっと切実に思う。
(あなたが夢をかなえるためならば)
「あんたの足手まといにはならないから。」
でも優しいから、きっと足手まといでも傍に置こうとするのだこの人は。
寂しい人だから。
(強い人だから。)
だからこそ、切り捨てて欲しい。



そう、思った。
「だから……おねがいですよ」

こんなわたしはやくすてて。


FIN
足が動かなくなったばっかりの回想。