さびしいわけじゃない 必要なわけでもない。 でも 好きだなんて思ってしまうんだ。 [与えられるもの全て] 観月が笑った。 「どうしました」と。 ああ、苦しいんだ、と思った。お前が苦しいと俺も苦しいんだと。 観月の笑顔は別に普段となんら変わりのない、人を馬鹿にした笑顔なのに俺は涙が止まらなかった。 埃くさい部室の、ソファで俺は泣いていた。観月のソファに座っているのに観月は何も言わない。オレンジ色に染まっているだけだった、まぶしくて直視できない。 それだけでも、お前が苦しんでいるって知るには十分だ。 自分の口元が少しだけ塩辛いのは涙の所為か汗の所為か、よくわからなかった。 「どうしました」 観月がまた聞く。なんでもない、とは言えなかった。でも別になにかあったわけではなかった。 「観月が」 でも、なんとか言葉にする。 観月が。 うつむいて膝と腹の間にできた闇に顔をうずめる。 観月が泣かないから。 あまり暖かくはない観月の指が、顔や体格に比べてば幾分がしっかりとした指が、俺の背中に触れた。3時間はテニスをし続けた所為で湿った俺の背中に。 その指が撫ぜたいのかどうしたいのかわからない手つきだった。 俺もどうしてほしいのかわからなかった。 わかってたのは 「観月が幸せになればいいのに。」 すべてはそういうことだった。 背中に回された白い白い指を左手でつかんで、甲に口付けた。 「幸せにできたらいいのに。」 俺が想うだけ、観月が幸せになれればいいんだ。涙の分だけ。ロマンチストだな。 キスでもなんでもいいから。 観月を幸せにできるなら本当になんだってするのにな。 でも 「でも」 声が掠れた。肩は揺れなかったけれど。 「でも、どうしたらいいのか、わからねぇ。」 きっと、観月もどうしたらいいのかわからない。泣いている俺をおいていくこともできない。 俺たちはまだ全然どこにも辿り着いてないから。 そもそも何が幸せで、どれがすきかなんて。ただ苦しいことだけは明確にわかっているのに涙しかでてこないなんて。 いつのまにか部室はオレンジ色から紫に変わっていた。夜になったのだろうか。観月の顔をみるけれど明かりをつけていない部室じゃあ観月の表情が解らない。俺もどんな顔をしているんだか。 「お、まえが 幸せな ら、それで。」 なんでもいいのに。 なんでもいいのに。 でも、なんでもってなんだろうな。 「そういうのが」 観月がしゃべった。俺の髪を指で梳いてしゃべる。俺は声がうまくだせないのに観月は相変らず流暢に喋る、だから誰にも気付かれないんだ観月が苦しいのを。 俺が思い込んでいるだけかもしれないんだけど そんな事を考えながら観月を見ていたら 観月が笑った。 「馬鹿っていうんですよ。」 「おまえもな。」 さびしいわけじゃない。 必要なわけじゃない。 ただ観月が笑うのが その笑顔が苦しくなければいいと思うんだ。 FIN |