「抱きしめる理由もなく」 君を抱きしめる理由なんて、ない。 卒業式の後のありきたりな悲壮感を学校全体が背負っている午後。 小さな背中は…小さななんて形容したら怒るんだろうな。観月の背中は情けなくて、こんな時でなかったら笑ってしまったんだと思う。 ドラマとか漫画だと桜の花びらが見事に散ってるんだけど、生憎昨日は雨で校庭はどろどろ。 ぐちゃって汚い音を立てて観月は歩いていく。 俺の胸にも、観月の胸にも白い薔薇の造花が挿してある。 枯れる事が無い花はあんまりにも似合わなすぎて、外せない。自分はこの場所から出て行く人間なんだとわかる証みたいで。 観月の胸に飾られた花はやけに似合っていて、このまま明日起きたら観月は居ないんだと言う事を忘れてしまいそうなほど。 そんな事を考えながらだまって観月を眺めていた。 小さく小さくなっていく背中はあっけなく曲がり角を曲がるんだろうと思った。いつものように曲がるくせに。 学校を出てすぐの角を左に曲がってそのまま真っ直ぐに行けば俺たちの部屋なのに、観月はバス停でバスを待つんだ。 卒業なんて当たり前の行事で。 そんな当たり前のことをきっと俺は随分の引きずるのだと思う。大人になってもずっと。 ふわふわの黒い髪を次に見ることはあるんだろうか。同窓会、とか嫌いそうだな観月は。 「みぃーづき!」 観月に届くように上げた大きな声は自分で思っていたよりも大きすぎて恥ずかしくなった俺は肩を竦めた。 怒りなのか羞恥なのか観月は眉を潜めて「ばかざわ」と小さく言ったのが口の動きでわかった。 何度も言われたその言葉も、もう言われないんだろうな。そう思うと鼻の奥と肋骨の先端が締められるみたいに苦しくなった。 それは、寂しいって事なんだろうけど。 目を顰めている観月の表情がいつもよりも柔らかくて、それはきっと観月なりの寂しさの表現なのだろうと思う。 しばらく、俺は黙ってそんな観月を見ていた。観月も、黙ったまま少しだけ時間がたった。 同級生達が手を振りながら去ってゆくのが視界の端に映る。 どんな言葉が適当なのか、わからない。何を伝えるべきで何をしたらいいのか。 だから 「じゃあな。」 抱きしめる理由なんてなくて、友達のフリで大きく手を振った。 ああ、フリでもないか。俺と観月はそれ以外の何でもないんだ。これまでも、これからも。 「ばぁか。」 観月はらしくもない大きな声を上げて笑った。 FIN