愛しいベイベー
君のためならこんな汚れた世界だってベイベー
[ベイビー]
赤ん坊は、どうして生まれたときに泣くんだと思いますか?
同じ学年の少年にしては若干高めの声に赤澤が眉を潜める。頬杖をついていた右腕は少し痺れていた。
それを軽く振って、なに?と首をかしげた。いまいち質問の意図が掴めない。
「だから、赤ん坊がどうして生まれたときに泣くのか。」
透き通るアルトの声の観月が再び同じ事を口にする。部員がいなくなったテニス部の部室で赤澤はソファに腰をかけている。
半ば観月専用と化している(部員から見れば)ひどくセンスの悪い原色のソファのすわり心地は見た目ほど悪い物ではなく、赤澤は今度から俺も使おうと思った。
観月の質問に対しての答えを、真面目に考えなければどんな目に合わされるかは日頃の経験上解っているので
「…酸素吸い込むから。」
と答える。なんだかそんな事を保険の時間に習った気がした。違かったかもしれないが。
「夢がない。」
しかしその返答は観月の気分には合わなかったらしく、彼はつんと唇を尖らせて言う。
普段は使わないパイプ椅子に腰をかけている観月は床につかずに中途半端にぶら下がっている足をばたばたと揺らした。
それが幼い子供のようで思わず赤澤が笑う。
「せいかいおしえて?」
素直に教えを請うと満足そうに観月が「んふっ」と笑ったので赤澤は少し安堵した。観月の機嫌を損ねては洒落にならない。
観月は柔らかい彼の髪を指先で弄びながら
「あれはね、生まれてきたことを嘆いているんですよ。」
そう教える。赤澤は些か驚いて
「…何それ。」
と聞いた。観月は勝ち誇ったような笑みでいるので、よく表情が変わる男だと感心する。
「シェイクスピア。」
「……ロミジュリ?」
「違う。」
赤澤が必死でひねり出した知識を即答で片付けると観月は立ち上がって赤澤の方へよった。(正確には赤澤の座っているソファへと近寄ったのだ。)
「こんな世界に生まれてきてしまって、それが哀しくて赤ん坊は泣くんだって。」
「ふ〜ん。」
観月の解説は赤澤の想像の範囲を超える世界観の話で、在り来たりな返答しかできない。
条件反射のように近寄った観月に席を譲ってしまい、手持ち無沙汰で赤澤は立ち尽くした。しまった、と思った時には観月がしっかり座っている。
その観月を見下ろすしかなく赤澤はため息をついた。
こんな汚れきった世界に堕とされてしまった事を、きっと観月は嘆いているんだ。
「でもさ。」
「はい?」
「俺は観月に会えたから、この世界に生まれてきてよかったな〜って。」
誤魔化すように笑うと、観月の肩が震えていた。どうやら観月の脳は羞恥が怒りに変換されるらしい、赤澤が最近知った事実だ。
「そんな事…っそんな事聞てないっ!!」
ガタっと観月が立ち上がったので、それを抱きとめるようにして首筋にキスをした。観月は叫び声をあげる事も敵わずに金魚のように口を開閉させていた。
愛しのベイベー
君に会うために堕ちていくさベイベー
FIN
ラブラブですな。なんか観月はシェイクスピアとか好きそう。