あなたといれば幸せすぎて、これは



自由幸福論



久しぶりの合同練習。
程良い疲労感に浸った体を観月はロッカーに預けた。
ひんやりとした鉄の温度が心地良くて目を閉じる。
観月と同じように部室で更衣を済ませる部員たちのざわめきも耳にすんなりと入ってくる。
ホワイトボードで隔たれた空間は同じざわめきの中でもやはり隔離されていて、それも心地良いと観月は感じた。
「っつかれ〜!」
ひときわ大きな声がして部室のドアが開かれる。
扉が壊れるのではないかと観月は危惧したがさすがに扉は破壊しなかった男は
「あれ?観月はぁ?」
と呑気な声を出した。
観月さんは裏ですよ。
後輩の声に赤澤が「あ〜」と唸った。何が「あ〜」なんだと観月は思う。
観月の居場所を聞いて特に何をするわけでもなく赤澤は着替えだしたようだった。
観月も、別に何をするでもなく着替え始めた。
制服を着て、ネクタイを締め終わるころには部室には人の気配が感じられなくなっていた。
相変わらず着替えるのが遅いらしい。
溜め息混じりにそう思う。だからって直そうとは思っていないのだが。
ホワイトボードをのけると、パイプイスに男が座っていた。
赤澤だ。
「…待ってたんですか?」
呆れた。
観月が呟くと赤澤は笑いながら頷く。邪魔そうな長い髪をあきあげて
「うん。」
と笑った。よく笑う男だ。
赤澤はほんとうに笑ってばかりだと思った。以前そう訊ねたら「観月といると楽しい」といわれて観月はリアクションに困ってしまったのだが。
「どうして?」
「意味無いけど、なんとなく。」
待ってたかったんだよ、なんて赤澤は言う。
「ふぅん。」
観月は曖昧な相槌を打った。
嬉しいなんて言ってやる義理はなかったが不快ではなかった。
「帰んべ。」
「言われなくても。」
立ち上がった赤澤に観月はすまして答える。


離れるわけでも近寄るわけでもなく観月の後ろを赤澤が歩いている。学校から寮までの道。
じりりとコンクリートを詰る靴を聞いて不意に思い出した。
「そういえば、ちゃんと行きました?」
「何に?」
突然の問いに心当たりがない赤澤は首をかしげる。
「部代表会議。」
あー。
頭の後ろを掻いて言う。そう言えばそんなものもあったな。
「野村が。」
赤澤がそう答える。
「……誰がお前を部長にしたんだ。」
思わず足を止めた観月が忌々しそうに呟いた。急に観月との距離が狭まって、体を彼の横に寄せた。
顔を覗き込むように赤澤が言う。
「野村。」
「…………。」
返事に臆した観月に赤澤が
「溜め息くらい付けてくれたっていいだろ。」
と不貞腐れる。
構わなければ構わないで不満なのだ赤澤は。嬉しいなんて思わないけれど、と観月は赤澤の横顔を睨んだ。
「はいはい。」
蔑ろにそう言って観月は盛大なため息をつく。
赤澤は眉尻を下げて笑った。
「あ、で予算がどーのこーのって。」
野村が言ってたよ、なんて言う。
それを部活で報告せずにどうするんだお前は、と思う。
「どーのこーのじゃわかりませんよ。」
「そうだなぁ。」
「そうだなぁ…じゃなくって。もう。」
部長としての自覚が足りない、まぁ誰も赤澤にそれを求めては居ないのが現実だ。
何も言わずに赤澤は観月の腕を取った。温もりが伝わって気持ち悪い。
気持ち悪い、と観月は思った。
ドキドキする自分が、気持ち悪いと観月は思った。


あなたといれば幸せすぎて


FIN
赤観です。(わかってる)
ただの日常だ……。