[Jelly which is likely to melt/蕩けそうなゼリー]
貴方は僕のものだ、なんて叫べたらいい。
帰り道の街路樹の中、そんな事を思いながら足を前に進める。
落ち葉を踏みしめても、湿っている葉からは独特の音も無い。
前には見覚えの有り過ぎる背中。
無駄に大きくて、しっかりした背中。
赤澤吉朗。
恋人同士だというのに、僕のことなんて気にしないで歩いてる。いや気付いてすら居ないのかもしれない。
横に居るのは、同じクラスの女子だ。出席番号は4番飯田さん。
イライライラ。
僕よりも10cmくらい身長が低い。赤澤とは、いい感じの身長差で。
男女の身長差ってこういう事を言うんだな、と少し妬ましくなる。僕と赤澤じゃいくら違うとは言ってもぜいぜい10cmちょっと。
そんな事をつらつら考えながら、寮までの道を歩く。
付き合い始めて、三ヶ月。
告白したのは僕だけど、その前に行き成りキスしたのは赤澤だ。
本当に、赤澤が僕のこと好きかどうか、なんて解らないけれど、男と付き合うのなんて並大抵の決意じゃ、付き合えないだろうと僕は思う。
周りが思うよりも、あのバカは真面目だから。
イライライラ
「むかつく。」
そう呟くと、耳聡く一緒に下校中の木更津が聞きつけてくる。
「何が?」
「バカが。」
固有名詞を出さなくても、木更津は解ったみたいでくすくすと笑った。
「あ〜赤澤ね。」
その名前を遮るように僕は言う。
「人の気も知らないでッ」
鈍感だからいけないんだ、と思う。彼に対して直接なんて言ってやらないが。
鈍感で、馬鹿で、そのくせ嘘はつけなくて、人がいい。……褒めてるみたいじゃないか。
「そうかな?」
含みがある木更津の言いように、カチンと来て
「なんです?」
こう返す。
「赤澤だって、ちゃあんと観月のこと考えてるよ、多分」
暫く、木更津の何故か全てを見透かしたような瞳と見つめ合う。
おそらく、彼は憶測でものを言ってるだけなのだろうけれど。
「……どうだか。」
赤澤と飯田さんが、二人で並んで歩く姿を見ながら、僕は「いーっ」と歯をむき出して見せた。
木更津は、呆れた顔で笑ってくれた。死ね。
しばらく、二人でなんていたことは無いのかもしれない。(しばらく、とは飯田さんが僕のテリトリーに現れてからだ。)
部活は常に周りに人がいて、帰り道は別々で。(それに加え赤澤は飯田さんと帰っている)
メールだって、大分減った(僕が返事を返さない所為だけど。それも意図的に)
常にざわついている教室。僕はこの無秩序な空間が意外と好きだ。
本を読みながら、その空間に浸る。
近づく人の気配。
「ねえ、観月君」
嫌な声。ついこの間までは名前すらおぼろげだった彼女。
出席番号4番の飯田。(もう「さん」なんて付けてられるか)
「……はい?」
めぇいっぱい不機嫌な声で応える。
気付いてくれ、僕は貴方が嫌いです。貴方に罪は無いけれど、僕は嫉妬深いらしい。
「吉朗と仲いいでしょ?」
これ見よがしに名前で呼ばれているような気がして、ますます不機嫌になった。
イライライラ
僕でさえ、赤澤の名前でなんて、呼んでない。
「……さあ。」
目線は、〔赤と黒〕の文章のまま、相槌を打つ。さっさと何処かに行かないかと願ってみるが、多分無駄だろう。
この子は、赤澤がすきなんだ。目を見て解る。……被害妄想かもしれないんだけれど。
「吉朗にさ、彼女いるか知ってる?」
知らない。というかいない。
彼氏ならますけど、とは答えない。当たり前か。
「どうでしょう。」
彼女は、僕の気持ちなんて気にしないで話を続ける。
気付かれても困るが、気付かれないのも癪に障る。誰かが、彼女に話し掛けてこの不毛な会話を終わりにしてくれ。
「いつ聞いてもごまかされるんだよね〜でも吉朗一緒に帰ってくれたりするから望みはあるかな〜?」
一緒に帰るのは、断る理由が無いからだ。(と思いたい)
望みは無い、と言い切りたいがそれを言うと根拠までの話さなければならないので、厄介だ。
なので結局
「僕が知るか。」
唾でも吐きそうな勢いでそう告げる。きっと、彼女は不快な思いをしたに違いない。ざまあみろ、と思う自分が情けない。
すると頭の上から気の抜けるような声。
赤澤の、声。
なんで違うクラスの貴方がココにいるんだっ!
「お、観月と飯田じゃん。お前ら仲よかったっけ?」
仲良い訳が無いでしょう?
のんびりしてると、襲われますよ彼女に。そう思いながらも、ため息をついて
「全然。貴方の方が仲いいでしょ、飯田さんとは。」
と皮肉を込めて言う。そうしたら馬鹿は
「……怒ってンの?」
などと聞くから、余計に腹が立つ。僕の気が短いことくらい知っているでしょう!?
でも、多分ばれている。怒っていることを確信している聞き方。
「別に。」
イライライラ
「怒ってる。」
赤澤は、少し顔を顰めるが、それは不機嫌からではなく。
「怒ってませんよ。」
〔赤と黒〕に栞をつけて閉じる。
赤澤は僕の机に左手を置いて、飯田の方に身体を向けた。
「ふぅん?あ、飯田、英和辞書かしてくれる?」
どうして僕に言わないんだろう。
胃の奥からじりじりと何かがわいてきて僕を凌駕する。熱いゼリーのような液体。
「え、いいよ。待ってって!!」
小走りで自分の机に掛けてゆく飯田を、僕は眺めた。スカートが揺れている。
昨日の帰り道で、彼女と赤澤の後姿を眺めたときにデジャヴした。
「……健気。」
ポツリ。
褒めたわけじゃないけれど、そう思った。赤澤が好きなんだ。あの子は、赤澤が好き。体全体からそれが伝わった。
イライライラ。
僕だって、あんな風に誰にでもわかるくらいに、好きだって言いたい。
「観月とは、大違い」
「でしょうね。」
ニヤつきながら教えてくれる赤澤に、皮肉を込めて言う。あぁ、僕と飯田が席近くなくてよかった。
「こないだなんてさ、クッキーくれた。」
赤澤の言葉に、少し前の彼女を思い出す。赤澤にあげるんだと、クラスメイトに言いふらしていたから。
クッキーなんか、僕の方が上手いと思う。赤澤は、そんなにクッキーは好きじゃない。だからあげなかったんだ。(負け惜しみか)
「知ってる。見てた。」
「うっわ。ストーキング?」
「戯け。帰り道途中まで一緒だろーが。」
寮への道は、駅までの道に沿っている。だから別に、見たくて見たわけじゃないと主張した。
「なぁんだ。心配してるのかと思った」
つまらなそうに言う彼に、ため息をかけて次の授業の教科書を出す。
あと二分でチャイムが鳴る。次は数学だ。
「……だぁれが。」
言葉に詰まったのは、教科書を出していたから。それだけ、別に動揺してはいない。する必要も無い。心配なんか、してない。
「あんなナリして純情ってかさ。男のツボ心得てるって言うか。」
それは、僕も否定はしない。
確かに僕もコレが他人事だったら、ほほえましい眼で見てやるさ。
でも、赤澤だから、赤澤だからイライラする。イライラするんだ、心配してるわけじゃない。
「吉朗、ハイこれ♪」
高い声と短いスカートが無性に気に障るのは、僕は絶対にたどり着けない領域だから。
両の手で辞書を差し出して、赤澤が其れをつかもうと手を伸ばす。
その光景がなんだか
「サンキュ。」
なんだか。
赤澤が、そんな顔で彼女に笑いかけるから。
なんだか、とっても。
イライライライライライライライライライライラ。
「……」
彼と彼女の間に、ずいと拳を突き入れる。
だって、なんだか。
いわゆる恋人同士みたいで。
「………」
僕は無言で、床を見詰めていた。
赤澤と飯田の間に入って、床だけを見詰めていた。
二人は、驚いたように目を開いている。
当たり前だ、僕だって、なんで、こんな事してるのか。
「…………」
飯田の視線が、痛い。
「何?」
赤澤は、そう聞いた。
怒ってるのか、驚愕しているだけなのか、声だけじゃわからなかった。
「……。僕の、貸しますから」
何故こんな台詞が出てきたのだろう、解らないけれど僕は辞書を机から出した。
飯田が、小さくこう言った。
「・・・・・・何?」
「僕の、貸します。」
もう一回噛み締めるように呟いた。赤澤が、口の端をゆっくりと上げた。
「飯田、さんきゅ。でも、観月の借りるよ」
「なんでッ?」
正直、僕も彼女と同じ反応だった。なんで?と首をかしげる。
「観月が、好きだから」
僕にだけ聞こえるように言うのはズルイ。実はちょっとだけ、ときめいてしまったんだ。女みたいだ。
「……ぇ」
何を言われたか解らない飯田は、聞き返すようにそう聞くけれど、彼はしてやったりと言う笑顔で
「聞こえなかったんならいいや。じゃね。」
そういって、教室を颯爽と出て行った。
「……。」
まるで、赤澤が今までいたことが嘘だったように、いつものざわめきがクラスをつつむ。
「……また、ごまかされた。」
震えている拳が、少しかわいそうだと思う。先刻まで、憎たらしくて仕方なかったのに。
僕は自分で思っているよりもずっと現金らしい。
「そう思いたいならご自由に」
そう言うと、僕は椅子を蹴るように立ち上がった。少し大きな音がしたが休み時間中の教室には響かない。
「観月くんッ何処行くの!?」
ああ、もううるさいな。
「バカをおっかけに。高瀬には保健室行ったと言って置いてください」
「観月くん!!」
飯田の声なんて、聞こえないほどに僕は走り出して、教室を出た。
赤澤の教室は四組で、まだ歩いている背中が見えた。名前を呼ぶ。叫ぶといった方が近かったかもしれない。
「赤澤ッ」
彼との距離は10mくらいあって、声が聞こえたかどうかが解らなかったので、走って近づいた。(そういえば、昔彼は僕がガニ股な事にショックを受けていた。失礼な。)
「あ、やっぱり来た。」
へらへらと、しまりの無い顔が僕の姿を確認した。
「来ちゃいけないですか?」
睨みつけても、まだ笑っている。にくたらしいったらありゃしない。
「ううん、来て欲しかったからさ。」
「……楽しいですか?」
満面の笑みという奴の彼を見ると、なんだか怒ったり、むかついたりしていた自分が馬鹿みたいで。
「楽しい。」
「僕の事からかって」
「からかってない。観月の出方を見てた。」
先刻とは打って変わって、真剣な眼差し。でもだまされてなんてやらない。この僕を出し抜こう何ざ10年早い。
「……ムカツク。バカ澤の癖にッ」
「あはは。いつになったら観月は怒ってくれるかなって」
…………殺してやろうかこの男。
「僕は、貴方の思惑通りに動いて心外です。」
まったく、と口を尖らせて不満を露にしても、奴は物知り顔で
「俺は、観月のもんだ」
そう、のたまった。
あぁ、なんでだろう。
「……」
二の句も告げないとは、正にこのことだ。
正真正銘の馬鹿。
「観月が独占したかったら、すればいいし。辞書かしたかったら、貸せばいいし。」
あぁ、もうコイツは。
イライラしてたのが、すぅ…と消えていってしまう。凄く不本意なのに、心は正直。イヤだな、もう。
「……ふん。」
そう言って、誤魔化すしかないじゃないですか。
でも、そうやって、僕が嫉妬してたみたいに思われているのは、凄いムカツク。
「だいたい貴方は、のんびりしすぎなんです!!」
普通、僕のこと不安にさせます?
と聞くと、不安だったんだ?と帰されてまたまた言葉が返せない。不安なんかじゃ、なかったですよ。
「や、俺に気が有るんだろうな〜とは思ったんだよ?でも観月と付き合ってます♪とは言えねぇだろが。」
「まぁね。でも誤魔化し方が他にもあるでしょッ」
「思いつかなかったの!!」
自信満々に言い切る赤澤に僕は苦笑した。
「まったく」
制服のネクタイを緩めながら赤澤は歩き出す。あれ以上弛めてどうするのだろうかと思う、だったらネクタイを取ってしまえ。
「いいじゃん、俺はちゃんと観月が好きだし。」
なんで、こう。
僕がいえないことをあっさりと言ってしまうのかこの男は。それに加え、ちゃんと人気の無い階段で、誰にもばれないように考慮しているのが憎らしい。
馬鹿の癖に変なところばかり頭が廻るんだ。
それはそれで、イライラするのだけれど、赤澤が誰かと歩いているのを見るよりは全然マシ。
「……」
黙って、深い緑の廊下を見詰めた。
嘘がつける性格ではない赤澤の台詞は、いつも本当すぎて痛い。痛いけれど、心地よい。
「観月だって、俺のこと好きだろ?」
いつものようにヘラヘラとした顔で、本当のことばかり。
「さぁね。」
ウソツキな僕は、誤魔化すように笑う。
「ははは。」
馬鹿みたいに笑うと、赤澤は、僕を軽く引き寄せて
「どうする?これから。」
授業サボっちゃったし。と言った。僕は誤魔化し笑いを本気の笑みに変えて
「んふ、恋人同士が授業サボってすることといったら一つでしょう?」
とからかう。別に、いかがわしいことを望んでいるわけではなく
「中学生らしくな。」
「貴方こそ。」
手を繋いで、たっぷり50分。それくらいは、貴方を独り占めしたって構わないでしょう?
Fin